無限カノン |
島田雅彦の「彗星の住人」「美しい魂」「エトロフの恋」を読む。
副題が全て『無限カノン』。この3作は、「無限カノン3部作」とも呼ばれる。
好きな作家の作品、しかも短編ではなく大がかりなものを読み進めるとき、
いつもワクワクと同時に「まだ物語を楽しんでいたい」という気持ちになる。
残りページの厚さが次第に少なくなってくるのが少し切ない。
「永遠の青二才」と自らを揶揄する島田氏の小説の多くは、マザコン・シスコン気味で少々頭でっかち、優柔不断な中性的少年が主人公だったりする。その主人公がイビツな思想を持っていたり、なかなか理解しがたい自己破壊行動を起こしたりするので、人に薦めても読後に「うーん・・・」と言われることも多く、私の中ではクチコミしにくい作家さんベスト1でもあった(そもそも滅多に人に薦めないけど)。90年代に入ってからは作風も少しずつ変わっていき、「そろそろいいかな?」と思って2〜3年にひとりくらいに薦めていた。この比較的新しい「無限カノン3部作」は、「おお、こりゃ」と思ったので日記に書いたりしてみました。主人公、そしてその主人公の血筋4代の人生を行き来する、哀しく美しいお話。詳しい内容とか感想は書きませんが。
島田氏の初期の代表作とされる「僕は模造人間」のどうしようもない青臭さも大好きだが、このところのダメ大人感も好きだ。そういう簡単な言葉では言い表せない複雑な「ダメ」さ。実際にいたら「うわ、めんどくせー」と思うクセに、何故か島田さんの書く主人公に惹かれる。
多分、私自身が「青臭いダメ大人」そのものだからなのだろう。
3冊全部読み終え、また島田ワールドから抜け出す時間が来た。
彼の読者になって20年近く、いつもこの瞬間が寂しい。
本棚の島田雅彦作品が並ぶコーナーへ戻すのさえも惜しい。
これまで通り、爽快な読後感とは言い難い薄虚しさがムーンと残るが、
無限カノン3部作、「恋」の始末の悪さと甘酸っぱさを、じんわり思い出した。


