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2006年03月22日 (水)

服部の婆ちゃん

父方の婆ちゃんが亡くなった。
9年前に母方の爺ちゃんが亡くなったので、
私が東京に来てから、これでふたりの祖父母が天国に行ってしまった。


私は小学2年生の時に引っ越すまで、
家には母方の爺ちゃん&婆ちゃん、伯父ちゃん(兄ちゃん)、両親、妹、
そして家のお向かいには父方の爺ちゃん&婆ちゃんが住んでいるという、
ダブル爺ちゃん&婆ちゃんに囲まれた、非常に面白い環境で育った。

家で叱られると、よくお向かいに駆け込んだ。
服部家では、妹と私の区別が付かないのか、
時々私がひとりで行っても妹の名前で呼ばれた。
私はそれがとても嫌だった。
それでも婆ちゃんにお菓子をもらうとニコニコ機嫌を直した。
騒いだり暴れたりすると容赦なく「うるさい!」と叱る、
ちょっとガンコで怖い服部の爺ちゃん婆ちゃん。
でも、お菓子やおこづかいをくれたりして孫に甘いところは驚くほど甘かった。

父方の、つまり服部家の爺ちゃん&婆ちゃん達は、
北海道から越して来て、母方の祖父母より一回り年が上だったから、
今思えば、それぞれに気苦労があって大変だっただろうと思う。

小学2年になって、両親と妹の4人で引っ越した。
そのちょっと後になって、服部爺ちゃん&婆ちゃんも引っ越した。
いずれも同じ町内だったけれど、引っ越してからは
あまり服部家に行くこともなくなった。

昔横浜に住んでいた服部婆ちゃんの好物は「中華街の月餅」だった。
子供の頃、何度かその話を聞いたことがあった。
高校2年の時、修学旅行で横浜に寄ったので、
それを思い出して、月餅を1ダース買って服部家に遊びに行った。
高校生になってからは逢ってなかったから、何年ぶりだろう。
玄関で「修学旅行に行ったから、お土産買ってきたよ」と言うと、
また妹の名前で「○○○かい?」と言われた。
ちょっとムっとしつつ、「祐民子だよ」と言うと、
「随分変わって分からなかったよ」と言う。
昔は間違われるのがとても嫌だったけど、
もはやこれさえも、ちょっと懐かしいやりとりにも感じた。
久しぶりに逢った爺ちゃん婆ちゃんはちょっと小さくなっていて、
幼い頃怖かったイメージもだいぶ薄れて、
突然の孫の訪問に、この日はとても喜んでくれた。
晩ご飯をご馳走になって、帰り際、婆ちゃんが呼び止めた。
「もう夜遅いからタクシーで帰りなさい」そう言って1万円を渡された。
遅いと言ってもまだ夜9時を回ったところだ。
おまけにタクシーで帰ってもせいぜい1000円ちょっとの距離。
「歩いて帰るから大丈夫」と言うと、
「女学生が夜道をひとりで歩くなんてもっての他だ」と言う。
「それならタクシーで帰るけど、1万円は多すぎるよ」と言うと、
「お前はさっぱり会いに来ないから、これくらいでいいんだよ」と言う。
それじゃあ、と甘えてタクシーで帰ろうとすると、
「運転手にも気をつけなさいよ、お前は女の子なんだから」と婆ちゃん。
そんなこと言われたことも考えたこともなかったので驚いたものの、
きっと孫の私を心配して言ってくれたんだろう。
「ありがとう」と言って服部家を後にした。
タクシーに乗って振り返ると、婆ちゃんがいつまでも手を振っていた。


いつか逢えると思っている人に、二度と逢えないこともある。
今は横浜に行かなくても、その辺のコンビニで「月餅」が買えるんだ。
またたくさん月餅を買って、逢いに行けば良かった。
妹に間違えられても、今はもう構わなかったのに。

服部祐民子 2006年03月22日 (水)
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